AT1債の特徴と投資検討する際に注意すべきポイントを徹底解説〜リーマンショック、クレディスイスの経営危機とバーゼル規制から読み解く〜
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公開:
2024.12.04
更新:
2024.12.11
目次
2. 国際的な金融機関規制の枠組み〜Too big to fail(大きくて潰せない)からの決別〜
3.金融機関の資本充実のためのハイブリッド債(資本性証券)発行
銀行は「経済の心臓」とよく言われます。多くの顧客から預金を預かり安全な運用を心がけつつ、資金を必要とする個人や法人に貸付を行って資金を循環させているからです。いったん銀行が機能不全に陥ると、連鎖的に経済全体に大きなマイナスの影響を与えます。
小規模な銀行が単独で破綻に瀕しているならば監督当局や大規模銀行が支援ないしは処理に乗り出せますが、同時に複数の大規模銀行が信用に問題を抱えるとなると、金融危機となり国の信用にも関わる事態となります。
2000年代後半に起きたリーマンショックは、発生源のアメリカだけではなく世界経済に大きな打撃となり、各国金融当局はその後、国際的な金融規制の枠組みを整えてきました。
本稿ではリーマンショック以降の銀行規制の変化を説明することで、銀行が発行するハイブリッド債であるAT1債についてその特徴と、投資する際に考慮すべきポイントについて説明します。
1.リーマンショックを事例に金融危機を読み解く
危機の端緒〜サブプライムローンとは
低金利が長く続いた2000年代前半の米国では、住宅ブームが起きました。銀行は住宅ローン拡大のために低所得者など信用力の劣る顧客層にも貸し出しましたが、それを可能にしたのが証券化という金融手法です。
信用力の劣る顧客に対するローン(プライム=最上級ではない、という意味でサブプライムローンと言われます。)でもいくつも束ねて、キャッシュフローを組み換え、最も良い部分を切り出せば最上級の格付けが付与される金融商品を組成できました。
世界中の金融機関、機関投資家がそれらを購入しました。高い格付けなのに利回りは高いことが好まれたのです。しかし2007年ごろからおおもとの住宅ローンの延滞率増加が始まり、金融機関が証券化商品の持ち高を圧縮しようとした時、困難に直面します。中身が複雑で、適切な評価ができないためいくらで売り買いすれば良いのか、誰にもわからなかったのです。結果として売りは増えても買い手不在で評価値だけが下がっていくことになりました。
危機の連鎖〜欧米主要金融機関で損失拡大
2007年8月、フランスの大手金融機関BNPパリバが傘下のファンドの投資家の解約を凍結すると発表し、欧米の金融市場に動揺が広がります。半年後の2008年3月にはアメリカ大手金融機関のベアスターンズが経営難に陥ります。(NY連銀が緊急融資で支援した後、JPモルガンチェースにより買収。)
リーマンブラザース破綻〜世界経済に打撃
大手投資銀行のリーマンブラザーズも多額のサブプライム関連による評価損に苦しみ、政府支援のもとでの救済合併を模索しましたが果たせず、2008年9月に6000億ドルの負債を抱え、破綻します。
ベアスターンズに対して資金繰りのための緊急融資に連銀が応じたこと、その破綻直前には政府系の住宅金融機関二社を政府が救済したなどからリーマンも最後には支援の手が伸びるのでは、と見ていた金融市場はパニックに陥り、世界経済は深刻な打撃を受けます。
米国政府が支援に動けなかったのは、他の大手金融機関も多額の評価損を抱えており、リーマンを買収するだけの余力がなかったことに加え、大統領選挙が間近で高給取りの銀行をなぜ税金を使ってまで救済するのか、との世論を恐れた、ということもあるでしょうが、結局金融システム安定化のための緊急経済安定化法を施行し、7000億ドルの拠出を可能とせざるをえませんでした。
2. 国際的な金融機関規制の枠組み〜Too big to fail(大きくて潰せない)からの決別〜
過去の金融危機の際、各国政府は最終的には銀行を支援しました。経済に与える悪影響を考慮すると、危機に陥った巨大金融機関を政府は支援するべきだ、too big to fail(大きすぎて潰せない)だ、というのがその最大の論拠です。
しかし金融機関は民間企業です。「好調な時は経営の自由だからと経営陣に多額のボーナスを払い、悪くなると税金を使って救済しろ、というのか」と、リーマンショック後のアメリカで強い反発が起きました。
ここからの議論の詳細は割愛しますが、巨大な金融機関は経営が悪化しても、公的資金に頼らずに自力で再建(あるいは清算)できるようにすべきだ、として金融機関、とりわけ国際的に重要な金融機関(G-Sibsといいます)には一層の資本充実を求めようという流れになりました。
G-Sibsは、2011年以降毎年見直されて現在は29銀行となっています。邦銀では三菱UFJFG、三井住友FG、みずほFGの3グループが対象です。またG-Sibsほどではないにせよ、国内経済に影響を与えかねない銀行をD-Sibsと呼び、やはり付加的な資本充足が求められています。日本の金融庁は三井住友トラスト、農林中金、野村グループ、大和証券グループ本社をD-Sibsに指定しています。
3.金融機関の資本充実のためのハイブリッド債(資本性証券)発行
では具体的にはどのように金融機関は資本を充実させるのでしょう。銀行にとってもっとも本源的な資本充実手段は株式発行ですが、普通株を無闇に発行すれば株式の希薄化が起こり、株価が下がってしまいますので、銀行経営上は避けたい選択肢です。
そこで、形態は債券(またはローン)ですが、資本としての性格もあわせもつ、ハイブリッド債を発行することが2011年以降増加しました。
資本性を持つ社債、というのはどういうことかといえば、返済期限が長期、あるいは無期限の社債で、預金や普通社債に返済順位が劣り、かつ一定の条件下で元本が削減されたり、株式に交換されるような契約条項が入っているような債券のことです。
4.AT1債の特徴と個人投資家が投資検討する際に留意すべきポイント
ハイブリッド債にはいくつか種類があるのですが、ここではその中でもAT1債にしぼって説明します。AT1債について理解する為に、先ずは「BIS規制」について説明します。
BIS規制とは
BIS規制とは、国際的に活動する銀行に対してリスクを吸収できるだけの資本準備を求める国際決済銀行(BIS)による規制で、日本でも1993年から導入されました。
この規制上、銀行の資本を普通株などで構成される中核的な資本をTier1、劣後債などTier1を補完する資本をTier2と呼んでいましたが、リーマンショック後の2010年にBIS規制が見直されました。
この新しい規制をBasel(バーゼル)3と呼びますが、ここでTier1が細分化されて普通株(コアのTier1資本、とよばれます。)などに加え、一定の要件を満たしたハイブリッド債も含めるようになりました。これをAdditional Tier1(その他Tier1)債、略してAT1債と呼びます。
AT1債の特徴
AT1債の特徴としては、以下の4つが挙げられます。
①償還期限がない
償還期限のない永久劣後債であること。ただし、一定期間後(多くは5年、10年)に銀行が償還できるコールオプションをもっている
②元本を削減する、あるいは普通株に転換可能
経営が悪化した(破綻はしていない)段階で元本を削減する、あるいは普通株に転換するなどできること。たとえば邦銀であれば普通株などで構成されたコアのTier1比率が7%以上、との規制があるのですがこれが5.125%以下となった時に、削減、ないし転換が可能となります。
③利払の一時停止可能
利払の一時停止などができること。銀行が赤字となって資本が減少する場合、外部流出を抑制することが銀行判断で可能です。
④破綻時の弁済優先度が劣後
破綻した場合には、元本を削減して返済に充当されること。
発行体から見たAT1債のメリット
発行する金融機関からすると、償還期限の定めがないことは財務の柔軟性につながります。経営が順調な際はコールオプションを行使して都度償還(して借り換える)しますが、万一経営が悪化した場合、オプションを行使せず償還しないことも可能です。
また、経営が悪化しているが一定以上の自己資本が存在し債務超過などには至っていない状況で、元本の一部、ないしは全部を削減、または株主資本に振り替えたりすることで資本を回復することが可能です。これはB3T2債など他のハイブリッド債にはない特徴です。利払の停止が選択できるのも外部への資本流出を防ぐために設けられている措置です。
格付会社から見たAT1債の評価
なお、格付け会社はAT1債の格付けを他の資本性証券に比べて3ノッチ程度低いところに置いています。たとえば日本の格付け会社であるR&Iは、3から4ノッチ低くする、とレポートで述べています。これは、前者が後者より経営悪化の過程でより早いタイミングでトリガーがひかれて、資本増強に用いられる可能性がある、言い換えればそれだけリスクの高い債券と考えているからです。
投資家から見たAT1債への投資メリット
投資家にしてみると、「①償還期限がない」という点は、実務上は銀行がオプションを行使して10年程度で償還するだろう、と期待することが多く、信用力の高い銀行の債券ならば「②元本を削減する、あるいは普通株に転換可能」「③利払の一時停止可能」のリスクはとりあえず無視できると考えられることが多かったです。
そして「普通社債より利回りが高い」、ということで広く受け入れられてきました。然し乍ら、スイスの大手銀行、クレディスイスが経営危機に陥った際にはそのAT1債のスイス当局の取り扱いが議論を呼びました。
4.クレディスイスの経営危機
国際的な銀行規制が強化されたのち、2023年にこれらの規制が実際に機能するのかを占うような事例がおきました。スイスの大手金融機関、クレディスイスが経営難に陥り、スイス当局主導でライバル銀行であるUBSによって救済合併されました。
クレディスイスとは
クレディスイスは、170年近い歴史を有する、スイスを拠点として全世界に展開する金融機関でG-Sibsの一角でした。運用資産は2022年末で1.3兆スイスフラン(約229兆円)にのぼりました。
信用懸念の拡大、スイス当局主導の再編へ
しかし近年の業績不振に加え、投資会社アルケーゴスに絡んで多額の損失を計上するなどで資本増強の必要が生じました。そのまま増資できていればまだよかったのですが、おりしも米国地銀の相次ぐ破綻で投資家心理が悪化する中、大口株主も増資を断ったことから株価が急落、信用懸念が拡大します。
2022年末で同銀行のコアの自己資本比率(CET1比率)は、14%台と高い水準にあったのですが、急速な預金流出で資金繰り難となりました。
結局、スイスの金融当局は単独での再建をあきらめ、同国内のもう一つの大手金融グループ、UBSとの合併を主導しました。2023年3月、UBSがクレディスイス買収を決定したと公表、クレディスイスの170年近い歴史に終止符が打たれました。
スイス当局のAT1債の処理に高まる批判
再編の過程で、スイス当局はクレディスイスの発行していたAT1債の全額を無価値にする、との判断を下します。時間も取りうる手段も限られる中で、当局としても苦衷の決断だったかとは思いますが、市場からの評価はとても及第点といえるものではありませんでした。いろいろな論点があるのですが、AT1債への投資家の立場から考えると以下のような論点が想起されます。
- 直前まで高い自己資本を有していたにもかかわらず、数ヶ月で自力再建不可能と当局がみなすに至ったわけで、その予見は大変難しい
- 当局がAT1債を全額無価値化したのは、社債契約に特別な公的支援を受けた場合には元本を削減できる、との条文を根拠にしていますが、これは他国ではあまり例を見ないものであった
- 特別な公的支援制度も社債発行時には存在しておらず、ほぼ同時期に成立した政府保証付き特別貸付制度がそれにあたる、というのもやや後付け的な説明
- そもそも株式は無価値になってないのに、社債であるAT1が無価値となるのは株式と社債の弁済順位の逆転ではないか
クレディ・スイス危機の日本への影響
クレディスイスのAT1債は、世界各国で広く販売され、日本でも1400億円が発売されていました。機関投資家にとどまらず個人にも販売されており、証券会社を相手取って集団訴訟が起きています。この稿の執筆時点(2024年11月)では、訴訟は継続しており帰趨はわかりませんが、販売した証券会社自体、特別公的支援による無価値化のリスクをきちんと把握できていなかったのではないか、などと指摘されています。
5. まとめ〜銀行が発行する資本性証券への投資に当たっての留意点〜
リーマンショック後に整備、強化された国際的な金融規制の枠組みを見てきました。また、銀行に一層の資本強化を促すために導入された資本性商品について概観し、クレディスイスの発行したAT1債をめぐる問題を紹介しました。
2023年3月のクレディスイス破綻後、AT1債の発行は一時ストップしましたが、各国金融当局が株式と社債の弁済順位の逆転を否定するコメントを出したことなどで発行が再開されています。邦銀もSMBCが2023年4月に発行した後、主要行が相次いで起債しています。
ただし、日本で個人投資家向けのAT1債販売は再開しておりません。再開の動きがあるかまでは把握しておりませんが、仮に今後投資を検討する機会があった際には以下の点に注意が必要です。
- 事前に証券会社を通じて各国の法制度や金融当局のスタンスなどの情報をきちんと確認されること。(説明できない証券会社の利用は考えた方が良いと思います)
- 当該銀行だけではなく、その国の経済、金融に関する情報も普段から入手できる環境にあるか
- 銀行の判断でオプションが行使されず繰り上げ返済されなかったり、利払が停止することもありうるが、それでも支障ないか。
表面金利の高さだけで判断されるのではなく、なぜ銀行がそれだけの金利を提示するのか、どういう長期のリスクをとることになるのか、をよくご勘案の上投資を決定いただければと、と思います。
村田稔
格付投資情報センター(R&I)の主任アナリストとして、主として国内外の金融機関や政府系機関など幅広い業種を担当。また調査部門も担当し、クライテリア(格付けの考え方)の整備にも尽力。
格付投資情報センター(R&I)の主任アナリストとして、主として国内外の金融機関や政府系機関など幅広い業種を担当。また調査部門も担当し、クライテリア(格付けの考え方)の整備にも尽力。
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関連する専門用語
AT1債
AT1債(Additional Tier 1 Bonds)は、債券と株式の中間的な性質を持つ特殊な金融商品です。正式名称のAdditional Tier1が示すように、銀行の中核的自己資本であるTier1の一部として算入される証券です。 原則として償還期限のない永久債として発行され、発行体である銀行の財務状態が著しく悪化した場合には、元本が削減されるか株式に転換される条項が付されています。また、銀行の裁量により利払いを停止できる特徴があり、一旦停止された利払いは後日支払われることはありません。 このように、通常の債券よりも株式に近い性質を持つことから、発行体にとっては資本性の高い調達手段となる一方、投資家にとっては相応のリスクを伴う投資商品となっています。
BIS規制
国際的に活動する銀行に対してリスクを吸収できるだけの資本準備を求める国際決済銀行(BIS)による規制で、日本でも1993年から導入されました。
D-Sibs
「Domestic Systemically Important Banks」の略で「国内のシステム上重要な銀行」のこと。金融庁が国際合意に基づき指定します。 G-Sibsの対象であるメガバンクグループに加え、三井住友トラスト・ホールディングス、農林中央金庫、大和証券グループ本社、野村ホールディングスが指定されています。
G-Sibs
「Global Systemically Important Banks」の略。主要国の金融当局で構成される国際的な金融システムの安定を目的とする組織である金融安定理事会(FSB)が毎年対象となる銀行のリストを発表している。2011年以降毎年見直されて現在は29銀行となっています。 日本ではMUFG、SMBC、みずほFGの3グループが対象となっています。
CoCo債
Contingent convertible bondsを略してCoCo債(ココ債)と呼ばれる。日本語では偶発転換社債という。 ハイブリッド債の一種で、特定の条件が満たされると、株式に転換されたり、元本が削減されたり、利払いが停止したりする条項がついているもののこと。銀行など金融機関が自己資本増強のために発行することが多い。 発行体の自己資本比率が基準値を下回るなど、偶発的な事象であらかじめ定められた条件に抵触した場合、元本の一部または全部が削減されたり、強制的に普通株に転換される転換社債のこと。 リスクが高い代わりに、通常の社債よりも高利回りとなっている。